東京地方裁判所 昭和25年(モ)3613号 判決
当裁判所が、被申立人及申立人間の昭和二五年(ヨ)第九三六号不動産仮処分申請事件につき、同年四月三日なした仮処分決定は申立人が被申立人の爲、金五万円を担保として、供託することを條件としてその主文第二項を次のように変更する。
執行吏は債務者が、右建物の内、図面(一)の部分の東北隅から、西に一間南に二間の二辺によつて繞まれる長方形の箇所に、東京都藥局整備要領によつて要求せられる調剤室を設けること、及右(一)の部分を右の設備を完成する以外は、現状を変更しないことを條件として、使用することを許さなければならない。
申立人のその他の申立はこれを却下する。
申立費用はこれを二分し、その一を申立人その余を被申立人の負担とする。
この判決は第一第二項に限り、仮に執行することができる。
二、事 実
申立人代理人は主文第一項掲記の仮処分決定は保証を條件として取消すとの判決を求め、その理由として
(一) 被申立人は、申立人に対する後記店舗に対する明渡請求権保全の爲、昭和二十五年三月三十日、東京地方裁判所に対し、申立人を仮処分被申請人として、同廳同年(ヨ)第九三六号不動産仮処分決定添付の目録竝図面記載の建物の内、図面(一)(二)の部分に対する申立人の占有、図面(二)の部分に対する被申立人の占有の各解除、同地方裁判所執行吏の保管及その公示現状不変更を條件とする、図面(一)の部分につき申立人の使用、図面(二)の部分につき申立人及被申立人の共同使用の各許容、申立人の占有の移轉、占有名義変更の各禁止の仮処分を申請したところ、同裁判所は同年四月三日、同年(ヨ)第九三六号事件として、被申立人をして申立人の爲、担保として三千円を供託せしめて、その旨の仮処分決定(以下本件仮処分決定という)をし、翌四日、その決定は執行された。
(二) 申立人は昭和二十二年六月一日、被申立人から同人が申請外、篠塚清子から賃借中の右建物(以下本件建物という)の内、階下店舗(以下本件店舗という)約五坪(前記図面(一)の部分よりも間口に於て三尺廣い)を藥種商営業の目的を以て、存続期間は昭和二十三年五月末日迄満一ケ年、その余の約一坪は被申立人及申立人の共同使用という約定で轉借し、申立人は直に藥種商を開業した。
(三) 篠塚清子は昭和二十三年十一月二十七日、本件建物の所有権を申立人の長男峰村辰雄に讓渡し、同人は被申立人の申立人に対する本件店舗の轉貸を承諾した。
(四) (1) 申立人は三十年來本件建物の附近で藥種商を経営していた藥剤師であるが、(2) 妻、長男、四女を扶養して居り、六十二才、且病弱であるので、他の生業を営むことができない。
(五) 而してその後、本件店舗の轉貸借契約は更新されてきたのであるが、今般藥事法が改正され、昭和二十五年十月末日迄に、藥局内の調剤室に二坪以上の面積をとり、その要求する造作、仕切、模様替をしなければ藥局開設者として営業することを禁ぜられる。これに反し、被申立人は澁谷区役所巡視であつて、申立人が本件店舗の改造をしても、前記図面(二)の共同使用の部分に表入口から階下六疊の間に通ずる通路があり、又裏口からも出入できる。又その夫婦、老母、子供三人家族は居住部分(即ち階下は六疊の間、押入、物置、水道、瓦斯設備、二階は六疊、四疊半、押入及廊下)を從來と変ることなく利用し得る。
然るに申立人は本件仮処分決定によりて前記図面(一)の部分は、現状不変更を條件としてのみ、その使用を許されるのであるから、右調剤室を設けることを禁ぜられる結果、藥種商を廃棄しなければならず、その苦痛及損害は、普通の現状不変更を條件として被申請人の使用を許容する仮処分によつて、被申請人が受ける苦痛及損害に比して、著しく大きい。よつて申立人は保証を條件として本件仮処分決定の取消を求める。
被申請人の抗弁につき、その主張事実中、被申立人の先代が本件家屋の所有者川島幸三郎から、それを賃借して青果業を営んで來たこと、同人が昭和十四年に死亡し、被申請人が昭和十九年五月企業整備の爲、青果業を廃業したこと、被申立人が当時海軍々人であつて、終戰後青果業を再開しなかつたこと、昭和二十二年四月、申立人が大橋健吉を通じて、本件店舗の轉貸を申込んだこと、峰村辰夫から被申立人を被告として、その主張の訴訟事件を提起し、その主張の日時、原告辰夫敗訴の判決が言渡されたこと、本件店舗中、前記図面(二)の部分の左側半分は、申立人が商品等を積重ねて使用していることは、いずれも認めるけれども、その他の主張の事実は全部これを爭うと述べた。<立証省略>
被申立人代理人は、本件申立を却下するとの判決を求め、答弁として申立人主張の事実中、前記(一)(二)(但し申立人轉借の面積は前記図面(一)の部分に限る)及(三)(四)の(1) の各項に於て主張する事実(五)項に於て主張する申立人の職業被申立人の職業家族関係及人員は、全部これを認める。その他の申立人主張の事実は、全部これを爭う。抗弁として、被申立人の先代山内常吉は、昭和五年頃当時の本件家屋の所有者川島幸三郎からそれを賃借して、青果業を営んできたが、同人は昭和十四年に死亡し、被申立人は昭和十九年五月企業整備の爲、青果業を廃業し、当時海軍々人であつた被申立人は終戰後青果物統制の爲、営業を再開できなかつた。昭和二十二年四月頃、申請外大橋健吉が申立人が町内の吉橋牛肉店の一部を借りて、藥種商を営んでいるが、牛肉店と同居してゐては、営業を取消されるから同人を助けると思つて、本件店舗を貸してくれ」と云う依頼があつた。被申立人としては、將來青果業再開の意思を持つて居たので、同年六月一日特に期間を一ケ年と定めて、本件店舗を申立人に轉貸した。翌二十三年四月、申立人は被申立人に対し、轉居先が見付からぬから、六ケ月丈明渡を猶予してくれと云うので、被申立人はこれを承諾した。然るにその明渡期間たる同年十一月末日が近ずくや、申立人は本件建物の所有者川島幸三郎の相続人篠塚清子から、その所有権を申立人の長男峰村辰雄名義で讓受け、同人は被申立人に対し、本件建物明渡の請求訴訟(東京地方裁判所昭和二十四年(ワ)第一一七五号事件)を提起したが、その訴訟は昭和二十五年九月二十六日、原告辰夫敗訴の判決が言渡された。
この間本件店舗の轉貸借契約は更新されなかつたから、申立人は被申立人に対し、昭和二十三年十一月末日轉貸借終了に基いて、本件店舗を返還しなければならぬ。而も申立人は本件仮処分決定によつて、共同使用を許された前記図面(二)の部分の左側半分には、商品空箱を積み重ね、故に被申立人及その家族の通行を妨害している。のみならず、申立人の店舗改造計画によれば、右共同使用を許された幅六尺の(二)の部分は幅三尺に狹められる結果、被申立人の階下六疊の間への正面上り口は全く塞がれることになり、裏口からしか出入できぬ。從つて現状不変更を條件として、前記図面(一)の部分の申立人の使用を許容した本件仮処分決定の趣旨に反する。元來藥事法の改正は本件仮処分決定後になされたものではなく前記轉貸借契約成立当時になされていたものである。以上のような次第であつて、被申立人は当初申立人の窮状を見るに忍びず本件店舗を轉貸したところ、申立人からひさしを貸しておもやを取られる立場に追込まれ、日常に於ても被申立人及その家族は事々に苦痛を與えられつゝある。從つて本件仮処分決定の取消は信義誠実に反するものであり許容さるべきでないと述べた。<立証省略>
三、理 由
申立人が昭和二十二年六月一日、被申立人から同人が申請外篠塚清子から賃借中の本件建物の内、階下の本件店舗約五坪を藥種商営業の目的を以て、存続期間は昭和二十三年五月末日迄満一ケ年、その余の約一坪は、被申立人及申立人の共同使用という約定で轉借し、申立人が直ちに藥種商を開業したこと、申立人が現在藥局開設者としてその営業を営んでいること、昭和二十五年四月三日、当裁判所が同年(ヨ)第九三六号事件として、被申立人の申立人に対する本件店舗明渡後請求権保全の爲、本件仮処分決定をなしたことは、当事者間に爭のないところである。
而して右仮処分決定第二項によれば本件店舗の占有の保管を命ぜられた東京地方裁判所執行吏は、前記図面(一)につき、現状不変更を條件として、申立人にその使用を許すことを命じられている。
然るに、当裁判所に顕著な藥事法(昭和二十三年七月二十九日法律第百九十七号)第五十二條によれば、厚生大臣は保健衛生上特に必要があると認めるときは、藥局開設者、医藥品用具若しくは化粧品の製造業者若しくは輸入販賣業者又は医藥品の販賣業者の登録について、藥事委員会の建議に基きこれらの者が有すべき設備施設資格等の基準を定めることができる旨規定され、昭和二十四年二月五日厚生省告示第十八号、藥事法第五十二條の規定による医藥品、用具及び化粧品の製造業者、藥局開設者、医藥品の販賣業者並びに医藥品、用具及び化粧品の輸入販賣業者の登録の基準四、藥局の項によれば、藥局開設者の登録の基準として、
(1) 採光、換気充分で清潔であること
(2) 調剤を行う場所は、二坪以上の面積を有し、天井及床面は板張又はコンクリート等とし、他の場所から明確に区別されていること。但し、調剤所の面積は、現に開設されている藥局については、昭和二十六年一月一日から、これを適用すること。
が要求され、昭和二十三年八月十六日厚生省発第十九号厚生次官通牒、地方知事宛、藥事法施行に関する件、第二藥局及調剤の四項によれば、藥局登録更新申請書は、毎年十月末日迄に、これを提出させるよう指導し、審査の上十二月末日迄に、翌年度に効力を有する登録票を交付すること、なお登録更新の申請をしなかつた者は、翌年一月一日から無登録藥局として藥事法第五十七條により、処罰の対象となるから、この点周知の上取扱に留意のことゝ指示されていることが同じく当裁判所に顕著である。
そこで若し、申立人に於て、右藥局開設者の登録の基準として要求された條項を充さないと、東京都知事から昭和二十六年一月一日以降の登録票を交付されないことになることは自ら明であり、申立人にその藥局開設者としての地位を持続させる爲には、前記登録の基準によつて要求された條項に適合するよう、申立人をして本件店舗の一部の改造を許さなければならない。而してこの事は改造を許す部分が、前記図面(一)の部分に限定する限りに於て、被申立人の申立人に対する本件店舗明渡請求権を保全する爲に爲された、右(一)の部分に対する現状不変更を條件とする申立人使用の許容を命じた、本件仮処分決定の趣旨に背馳するものということはできない。蓋しこの改造を許さなければ、申立人はその藥局開設者としての地位を、昭和二十六年一月一日以降当然喪失しなければならず、申立人に不必要な苦痛を與えることになるからである。かようなことは仮処分を命ずる裁判所として避くべきことである。又その改造の許容は、その範囲が右(一)の部分に限局される限り、被申立人に対しその抗弁として主張する事実が眞実であつたとしても、特段の事情が発生しなければ、本件仮処分の当初の決定の執行以上に、別箇に新たな苦痛損害を與えるものでないということができる。
而して前記(一)の部分は、間口一間半奥行二間半、面積三坪七合五勺であるけれども、申立人が現に被申立人との共同使用を許されている前記(二)の部分の左側半分、即ち間口半間奥行二間半、面積一坪二合五勺の上に、商品等を積重ねてこれを使用していることは、当事者間に爭いのないところであるから、申立人は当初の轉貸借契約に認められたように、合計約五坪の面積を使用しているものといわなければならぬ。甲第二号証添附の図面のように改造することは、被申立人に無用の不便、苦痛を強いるものであつて、当裁判所はこれを採用することができない。
そこで申立人に許容すべき調剤室の位置は、主文第二項掲記の位置、その設備の態容は、前記昭和二十四年二月五日厚生省告示第十八号による登録基準に從つた東京都藥局整備要領によることがいずれも妥当であり、この店舗の改造によつて、被申立人の蒙ることあるべき損害補償の担保としては、申立人をして五万円を供託せしめることが相当であると考えられるので、これを供託せしめることを條件として、本件仮処分決定中、申立人の使用を許容した第二項を主文第二項のように変更する。その全部の取消を求める申立人の申立は、右の変更を許容した以外の部分はこれを取消す必要を認めぬので、これを却下し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十五條本文第八十九條仮執行の宣言につき、同法第百九十六條第一項をそれぞれ適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 鉅鹿義明)